【過去画像】吹雪の函館港を出港する十和田丸

まいあさんから連絡船のコメントを頂いたので、懐かしの連絡船シリーズと言うことで、吹雪の中函館港を出港する十和田丸を
湾内でこれだけ波がチャプチャプしていると言うことは茂辺地の葛登支灯台を交わして津軽海峡に出たら時化でかなり揺動するでしょうね。
十和田丸はスタビライザーを装備していたので、他船よりは揺れは少なかったでしょうが・・・

十和田丸

青函連絡船には幾度と乗りましたが、時化で欠航するかどうかという時に乗船したことがあります。
陸奥湾内は穏やかだったのですが津軽海峡に出たら船体動揺は凄まじく、船内案内所の揺動警報ブザーらしきものが鳴りっぱなしで、乗組員の方も今日はしんどいなと。
航海途中、轟音が響いてアンカーを入れる音がして、ちちゅう航法に移行した時は流石に驚きました。
釣り船ならスパンカがあれば風上に船首が向きますが、連絡船はそうもいきませんからね。
結局、1時間遅れで函館に入港し、接続する北斗は入港を待ってました。
折り返し便は欠航、テケミ。
津軽海峡を渡るのはホント大変なんだなぁと思ったものです。青函トンネルをもう一本掘ると言う話は確かに突拍子も無い話ですが、この当時の苦労を知る者にしては大量定時輸送が目的なら有りかなと思いますね。

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青森で出港待つ「大雪丸」

このところ、最近のSL撮影を紹介していましたが、久しぶりに昭和60年代の写真を紹介します。
昭和62年12月、青森港で第二岸壁に着岸して出発を待つ「大雪丸」です。

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多分19時50分発の9便だと思います。
この後の101便に乗船するので、撮影後市内のミスタードーナツで時間を潰したのを覚えています。
当時はマン喫なんかも無い時代ですし、寒い時期に夜遅くまでやっているし、コーヒーのおかわりの自由だったミスタードーナツは大変ありがったです。


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思い出残そう連絡船

思いで残そう連絡船

雪が降り続く青森港を出航する青函25便に乗船。第三桟橋に入港している空知丸のマストに「思い出残そう連絡船」のたれ幕が掛かっていました。
空知丸は最後まで残った貨物後送専用船で、廃止直前に脚光を浴びた連絡船の中では目立たない船でしたが、このたれ幕を見て涙ぐんでしまいました。
空知丸も青函連絡船の立派な一員。最終日まで北海道と本州の動脈を結んだ栄光の航跡を歩んだ船です。

高松港に入港する宇高連絡船

宇高連絡船

宇高連絡船が廃止となる直前の昭和63年の春に、高松城址公園から撮影した写真で、讃岐丸が入港してくるところを撮影しました。
宇高連絡船は四国と本州を結ぶ大動脈でしたが、青函連絡船に比べると関東の人間には馴染みが薄かったですね。
甲板で食べた讃岐うどんが美味かったですね。ゆで麺で腰は無かったですけど海風にあたりながら、ずずぅーっとうどんを食べるのがなんとも心地良かったものです。

函館港を出航する八甲田丸

八甲田丸と函館どっく

冬の日、函館港を出航する八甲田丸を函館中央埠頭で撮影しました。
風が強く寒くて、埠頭に置いてあったコンテナの影に隠れて出航するのを待っていました。
確か、市電がまだ5号線を五稜郭方面に走っていたので、それに乗って撮影に行ったのを覚えています。
この夏、函館に行ったら「函館どつく」が無くなっているを見て、月日の流れを実感しました。

連絡船カテゴリーを追加しました。

先週末、お台場の船の科学館別館「羊蹄丸」に行ってきました。
この夏、青森で「八甲田丸」、函館で「摩周丸」に出会い昔の記憶が蘇ってきました。
連絡船終焉間際に撮影したネガが出てきたので、連絡船の写真も少しずつ紹介していきます。

函館に入港する空知丸

今日は、函館に入港する貨物専用船、空知丸です。補助汽船ひうら丸が横付け準備をしています。
客貨を満載した船は重く低速航行時は舵も効きが悪くなるので、補助汽船の力なくしては、着岸できませんでした。まさに縁の下の力持ちでした。