高槻~山崎間の定番ポイントで関西ブルトレを撮影
昭和61年の8月初旬に急行「だいせん」で米子から大阪に到着した足で、関西の有名撮影地「山崎」に向かい撮影しました。
EF65の初期型が「なにわ」を牽引するのは珍しいのでは?宮原区は後期型が多かったですしね。
関西ブルトレでは「なは」が人気が高かったような気がします。
この後ですかね、餘部鉄橋から転落してしまったのは・・・
この時期、東京口のブルトレはEF66になっていましたから、EF65のブルトレが新鮮に思えました
関西ブルトレとして最後まで残った「あかつき」は、「なは」との併結運転でした。当時はブルトレが廃止されるなって思ってもいなかった時代です。
東海道の荷物列車牽引の間合い運用で12系を牽引するEF62-23です。団臨か多客か記憶がありませんが、当時はまだ客車列車が当たり前のように走っていた時代です。たった1日の午前中だけで、これだけの列車が撮影できたのですからね。
おまけに緩行線を走る東海道線の103系です。急行線を走る113系も非冷房です。